肥満に悩んでいる人、その原因をご存じですか?
人間の腸の中には1,000種類、100兆個以上の細菌が住みついているんです。
細菌たちが押すな押すなのひしめき合う光景をイメージできますか?
これをお花畑のようだというのでフローラと名付けたようです。
この腸内フローラの働き方が肥満の原因になるんです。
ワシントン大学の教授がマウスの実験で、
腸内フローラを持たない無菌マウスに、
肥満の人と痩せてる人の腸内フローラを移植して経過を見ると、
1カ月同じ量のエサを与えたにもかかわらず、
痩せフローラマウスではほとんど変わらなかった脂肪量が、
’
肥満フローラマウスの方は20%も増えたんです。
’
人間にも通じるところがあるので、
腸内フローラと肥満が関係あるという結論です。
気になりますよね。
でも腸内フローラについては研究が本格化して間がないのです。
ですから、腸内フローラを全体として捉えるとか、極々少数の細菌を特定して集中して研究しているというのが現状です。何しろ一人の人間に100兆個ですから、全体的にはこれからというところです。
腸内フローラによる新治療法
腸内細菌産出「短鎖脂肪酸」で肥満解消
肥満の人に極端に少ない細菌(つまりこの細菌が太らせないようにする菌)が分かりました。「バクテロイデス」とその仲間の菌なんです。
この菌は「短鎖脂肪酸」という物質を作ります。この短鎖脂肪酸に、“太らせない=痩せさせる” 働きがあります。痩せてる人は短鎖脂肪酸を多く持ちますが、肥満の人はもっていないということです。
なので、肥満の人にこの菌たちを持ってくればいいということになります。それは可能です。
もう少し順序だてて説明します。
- 食べ物が胃から腸内に入ると、バクテロイデスなどの腸内細菌が短鎖脂肪酸をつくる
- 短鎖脂肪酸は血液に入って全身をめぐる
- 脂肪細胞と交感神経のセンサーが短鎖脂肪酸を感知すると、脂肪の蓄積をやめ、また代謝を活発化
ではこの短鎖脂肪酸というのは何者でしょうか?
これは、酢酸、酪酸そしてプロピオン酸の総称です。このうち、酢酸が“痩せる”ことに最も働きがあります。酢酸=“お酢” ですから、お酢を大量に飲めばいいのか? 不正解です。お酢は大量に飲むと体に毒です。だからバクテロイデスなどに“お酢”を作ってもらう方がいいのです。
それではバクテロイデスなどの細菌を増やすにはどうすればいいのか、気になりますね。
答えは、この細菌のエサである食物繊維をやればいいのです。
食物繊維は野菜に多く含まれていますから、「野菜を食べなさい」ということです。昔から言われているように。バランスよくです。念のために。
でもこれができない人が多いですね。
例えば、忙しすぎて野菜が摂れない人とか野菜嫌いな人とか。そんな人にも方法はあります。食物繊維を多く含むサプリで補完することです。これで解決です。
腸内細菌産出「エクオール」でシワなし美人
ちょっと話を広げます。
短鎖脂肪酸ではないですが、やはり腸内細菌が作った物質由来の「エクオール」も実用化されています。
エクオールの入った錠剤を50~60代の女性に3カ月間飲んでもらうと、目じりのシワが浅くなったというんです。
もともとシワとかは個人差が大きいですね。この細菌は、人によって持ってない人もいるんです。また持っていても適切にエサをあげてないとエクオールを作ってくれません。
大豆のイソフラボンを腸内細菌が変化させた“スーパーイソフラボン” です。
当然、大豆の中には入っていません。
エクオールは女性ホルモンの代わりに働きます。
更年期の女性は女性ホルモンが減少し、
シワやほてり、骨密度の低下などが起こりますが、
これをエクオールは防いでくれます。
その働きは大豆イソフラボンより大きいのです。
なので腸内細菌のエサである大豆をまず食べましょう。
でも、エクオールを作る細菌を持っていない人もいます。どうしたらいいのでしょうか?
この細菌を見つけたのは大塚製薬です。乳酸菌のⅠ種で、「ラクトコッカス20-92」と命名され、同社はサプリメントを販売しています。このサプリを摂るのも一つですね。
可能性はどんどん広がる広がる
将来は短鎖脂肪酸が糖尿病治療?
短鎖脂肪酸は、前述のとおり、脂肪の蓄積を止め代謝を上げる働きがあります。
脂肪の蓄積とか、代謝が悪いと聞くと、糖尿病のことが気になる人は多いはずです。実際、糖尿病の治療に効くのではないかと期待がかかっています。
正常な仕組みはこうです。
- 短鎖脂肪酸が腸の細胞に働きかけて、「インクレチン」というすい臓に働きかけるホルモンを分泌
- インクレチンがすい臓に働きかけて「インスリン」を分泌
- インスリンは血の中にある糖分(ブドウ糖)を分解
でも肥満で、ブドウ糖が多くなりすぎると、インスリンの働きが鈍るうえ、すい臓のインスリン生産自体に支障がでるのです。
その結果、ブドウ糖が血中に増えすぎた状態が続いてしまいます。
つまり、高血糖状態となります。これ糖尿病です。
これは、インスリンの減少と機能低下が原因ですから、治療の方向はインスリンを再び増やすということになります。つまりは、短鎖脂肪酸を増やすということです。
短鎖脂肪酸を作るバクテロイデス菌を働かせるものを、米国のベンチャー企業が医薬品として開発(臨床試験の段階(?))しています。
その医薬品の成分は食物繊維です。腸内細菌のエサを用意したということです。食物繊維は2種類あります。
■一つは玉ねぎやゴボウなどに多く含まれる「イヌリン」という食物繊維
■もう一つは大麦などの穀物に含まれる「βグルカン」という食物繊維
です。このエサを食べてバクテロイデス菌が働くというのです。
臨床試験で初期段階の糖尿病が改善したという報告が出ています。当然、血糖値の上昇は抑えられるということです。
天然由来の成分である食物繊維が医薬品になるということで、期待は大きいですよね。
将来はエクオールががん治療に使われる?がんの原因になる菌も存在?
エクオールは、実はがん、特に前立腺がんの予防にも効くと期待されています。
すでに、大豆からできる大豆イソフラボンは、男性ホルモンの前立腺がんを引き起こす作用を阻害すると見られているのです。なのでエクオールはもっと効くだろうということです。さらに女性の乳がんに効くのではと期待は膨らみます。
エクオールを作る細菌は、ヤクルト中央研究所などにより発見され「NATTS菌」と名づけられていますが、実用にはまだ時間がかかる状況です。
この理由には腸内細菌が原因と考えられています。
マウスの実験で「アリアケ菌」と命名されたものが犯人のようです。
これは、消化液の胆汁を分解して「DCA」という物質を作るのですが、
これが全身に巡り、細胞を老化させるというのです。
増えすぎるとがんを誘発するというのです。
怖い話ですね。アリアケ菌が増えるのには食生活に問題があることが多いです。
つまり、肥満予防や適切な食事指導ががん予防につながるということです。
将来は腸内細菌が動脈硬化の治療に?
動脈硬化は、中性脂肪やコレステロールが動脈にくっついて、血管を硬化させてしまう恐ろしい病気です。
動脈硬化は、全身中の軽い炎症によって引き起こされる悪い病気です。
炎症を起こしている血管にはコレステロールが多くあります。そうすると白血球の一種の「マクロファージ」が集まってきてコレステロールを食べ始めるのです。
食べ過ぎマクロファージは死んでいきます。血管に付着して、血管を圧迫するのです。これが動脈硬化です。
この動脈硬化に中性脂肪やコレステロール以外にも原因があることが分かりました。遠因は、腸内細菌のある栄養素の分解から起こるのです。
そのメカニズムはこうです。
- 「レシチン」という人間の体に多くある脂質の1種を、腸内細菌が分解すると「TMA」という物質を作る
- これが肝臓に運ばれて、肝臓で「TMAO」という物質に変えられる
- このTMAOが心臓病などの原因の可能性が高いというのです。
まだマウス実験の段階ですが、レシチンと腸内細菌の関係は認められています。
レシチンは体中にある脂質ですから大変です。しかも、サプリメントとして売り出されており、中性脂肪やコレステロールを抑えると謳われているのですから多くの人はびっくりでしょう。
なので、腸内細菌の方で対処を考えないといけないということです。乳酸菌が悪い菌を抑える候補として検討されています。
禁煙すると太るのも腸内細菌のせい?
禁煙した人が太る事実もあります。
原因を、「禁煙で間食するようになったから」とか「美味しくなってついつい食べ過ぎるから」とか理由をつけられていますが、そうした事実がないことも多いのです。
そこでもっと調べた結果、腸内細菌が原因だということにたどり着きました。
研究はこうです。
禁煙するとバクテロイデーテス門(バクテロイデス菌の一族のようなもの)という一群の細菌が減り、代わってファーミキューテス門という細菌群が増えるため、肥満しやすい腸内フローラに変わるというのです。
禁煙は健康イメージなのにバクテロイデーテス門の細菌が減ってしまいますし、夜更かしなどの生活の乱れもこの細菌たちを減らすことが認められています。つまり禁煙や夜更かしが太る原因をつくっているということです。
花粉症やアトピーなどアレルギーを腸内細菌が治療?
花粉症あるいはアトピー性皮膚炎、喘息の予防や治療にも腸内細菌が有効と見られています。これらの病気は免疫機能の乱れから起きたもので、腸内での状況が悪くなっていることを映しています。
腸内の免疫機能の乱れは「T細胞」によって引き起こされますが、「制御性T細胞」(Tレグとも言います)という免疫細胞が疾患を直すことが可能と見られているのです。
この免疫細胞は短鎖脂肪酸(酪酸)が働くことでできるというのです。
マウスの実験などを経て、食物繊維を多く摂取することで腸内細菌が短鎖脂肪酸を多く生産し、アレルギー予防に役立つということが分かっています。前述しましたが、短鎖脂肪酸は肥満や糖尿病予防にも役立ちますから大活躍です。
なお、食物繊維の他、ヨーグルトもアレルギーに効くということは古くから知られています。これは関係細菌に直接働きかけるというよりは腸内環境自体を変えているからです。
良いことばかりじゃない!怖い細菌の毒素
ビフィズス菌は健康効果があるものとそうでないものの両方があります。
予防効果のあるビフィズス菌は酢酸を多く作り、腸のバリア機能をしっかりさせて、毒素が入らないようにしているのです。
もう少し詳しく言います。
□腸内フローラの乱れは腸細胞に炎症などをおこします。
□これは腸の免疫機能であるバリア機能を阻害してしまうんです。
□そのため毒素まで吸収してしまって、毒素が血液中に入ってしまうんです。
□ひどい場合には血液中に細菌が多く入り込んだりします。
□さらに細菌は血液中で毒素を出すことも認められています。
これが血管の炎症となり、インスリンの働きを悪くするのです。そして、糖尿病となったり、敗血症の原因にもなり、さらに進行して死んでしまいます。
では傷んだ腸のバリア機能を直すのは何か? です。
実は短鎖脂肪酸なのです。腸壁細胞は短鎖脂肪酸をエネルギー源にしています。
短鎖脂肪酸が減ると腸壁細胞が活力を失い、バリア機能が低下し、増えるとバリア機能を直すということです。
つまり、短鎖脂肪酸を増やす食物繊維を多く含む食事をすればいいことになります。本当は「食物繊維多め、肉や魚も適量」という食生活が良いのです。
ここまでのまとめ
腸内細菌は100兆個以上います。そして様々な働きをしています。
それはあたかも他の内臓と同じような大事な役割を担っていますから、研究者によっては「新たな臓器」と呼ぶ人もいます。
腸内細菌を使った治療は、今までの化学薬よりも優しく穏やかに効く可能性があります。
つまり、腸内フローラに働きかけて細菌の力を借りることで私たちが本来持っている力を引き出して健康になる方法だからです。
ただ腸内細菌の研究は緒に就いたばかりなんです。発見もまだ少数という状況です。下表に主なものをまとめていますが、少数ながら大きな未来を感じさせるものとなっています。
腸内細菌生成物質 | 細菌: エサ |
効果 |
短鎖脂肪酸 | バクテロイデス菌など: 食物繊維(イヌリン、βグルカンなど) |
◎肥満解消 〇糖尿病治療 〇動脈硬化予防 〇アレルギー予防 △免疫細胞修復(エサとして) |
エクオール | ラクトコッカス20-92/NATTS菌: 大豆(イソフラボン) |
◎シワ改善 〇がん治療 |
酢酸 | ビフィズス菌: 短鎖脂肪酸 |
◎腸壁のバリア機能修復(免疫機能修復) |
TMA | 乳酸菌(?): レシチン(脂質の1種) |
肝臓で「TMA」から「TMAO」が生成 ▲動脈硬化の原因 |
腸内環境が脳にも影響?
「腸は第2の脳だ」といわれます。
これはマウス実験の段階ですが、
・マウスの脳は腸内細菌なしでは正常に発達しない
・臆病マウスと活発マウスの腸内細菌を入れ替え実験から、遺伝子だけでなく腸内フローラも性格を左右する
ということが明らかになったのです。
私たちの体には、昔から「脳腸相関」と呼ばれ、脳と腸を繋ぐ特別な神経があります。例えば、脳がストレスを感じると下痢や便秘になったり、腸の調子が悪いと不安やうつ病になったりするのが例です。
脳と腸を結ぶ直通回線は、自律神経のⅠ種である「迷走神経」と呼ばれ、「神経伝達物質」を使って刺激を受け取ったり伝達したりします。この物質は腸内細菌が作っているのです。つまり、私たちの感情や思考は腸内細菌が深くかかわっているということです。
こうなると夢は膨らみます。
例えば、うつ病患者は下痢や便秘を繰り返す過敏性腸症候群の人が多いのですが、この過敏性腸症候群を直すビフィズス菌の一種の「ビフィッドバクテリウム・ロンガム」を飲ませることでうつ病の状態が改善しています。将来精神疾患の治療の可能性が出てきました。
また自閉症も腸との関連を研究されています。
自閉症はコミュニケーション力の低下ですが、腸に炎症を起こしていることが多いのです。そこで、整腸剤を飲ませて実験をした結果、コミュニケーション力が向上しているのです。この原因は、腸内細菌が作り出し、血中に含まれている「4EPS」という物質がコミュニケーション能力の邪魔をしており、整腸剤がこの物質を減らす役割を果たすことが分かりました。そしてややこしいことに整腸剤も腸内細菌の一種なのです。
定住できる腸内細菌と都度食物摂取が必要な細菌
人間はどうやって腸内細菌を受け継いでいるのか?
答えは、食生活と感染です。
赤ちゃんが胎内にいるときはほぼ無菌状態です。それが最初に細菌と遭遇するのは出産時の産道といいます。ここでビフィズス菌など腸内細菌と同じものが、口や鼻から入るということです。そして運よく腸におたどり着けた菌が増殖するのです。
多くの場合、だいたい5歳くらいまでに腸内フローラの構成は決まります。以降はあまり変わりません。そして小さな変化は絶えず起きているのですが、それが健康を大きく左右するということです。
腸内フローラの構成は人によって違っています。さらに国ごとによって特徴があります。何故このような特徴が出るかというと、食生活の他に感染があります。つまり、個人レベルの継承と集団としての継承があるということです。
体の中に入って来た細菌はすべて住みつけるわけではなさそうです。
ほとんどは、食べ物と混ざり合い腸の中を移動しています。そして排泄されます。大便の3分の1は腸内細菌ということです。大便は腸内細菌のかたまりなのです。
また下痢で細菌が流れてしまうことが多いのですが、全部ではありません。実は一部の細菌(白血球が出す物質を適当にまとうことができる細菌)には住処があるのです。腸の表面のネバネバした「ムチン」と呼ばれる「粘液層」です。物質をまとうと粘液層に住みつけるのです。ここは食べ物と一緒に流れることはないの安全というわけです。
なので、定住している細菌と、必要に応じて補給できる細菌があって、状況に応じて機能してくれるのです。
例えば、ヨーグルト菌は定住していません。なので、ヨーグルト菌に働いてもらいたければ毎日補充しないといけないということです。細菌というのはいい面もあれば、悪い面も持ち合わせていますので、定住する菌は少ない方がいいのです。
健康な人の腸内フローラに近づけることが理想?
最近の腸内細菌の研究の方向性は、「人間の長寿健康を考えるには、腸内細菌の研究が不可欠」ということです。
実は、健康な人と病気の人の腸内フローラには違いがあります。
しかし、その違いの中身はまだ十分には解明されていません。昔のように「善玉菌」「悪玉菌」という単純な仕分けでは済まないレベルに来ているのです。
研究成果の一つに腸内フローラには多様性が重要というのがあります。少数の細菌が増えすぎるのはよくありません。
例えば、「偽膜性大腸炎」という病気は、腸内で「クロストリジウム・ディフィシル」という細菌が異常繁殖したことで起こる怖い病気です。症状は下痢や嘔吐、全身の倦怠感などですが、悪化すれば死に至ります。欧米で患者が多い病気です。
この治療は困難でした。抗生物質を投与すると他の菌は死にますが、この菌は耐性を持っているので、ますます増殖してしまうのです。
そこで出てきた治療法が健康な人の便を患者の腸に流し込むという方法です。効果はテキメン、抗生物質が効かない患者に対しても92%の成功率とのことです。しかも、その効果が出るのはごく短期間です。今や学会からも推奨される治療法となりました。
例えば、ビフィズス菌などの細菌を単体で飲んでも効きませんが、他の菌と一緒にチームプレーをしてくれれば効果ありなんです。
’
成功例と効果なしとする例の差は、腸内フローラがどれくらい健康な人のものに近づいたかによるようです。
ここまでの参考文献:
「やせる!若返る!病気を防ぐ!腸内フローラ10の真実」NHKスぺシヤル取材班
など